生きること、死ぬこと

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生まれてきた限り、死ぬことは決して避けることができない宿命です。

 

大人でも子供でも、
男性でも女性でも。
悪人でも善人でも。

 

死は優しく、訪れます。

 

優しく訪れるというと、
嘘だと思う人が多いかもしれませんが、

 

実際にたくさんの方の命の火が消える瞬間を看取ってきて、

 

死ぬということはそんなに恐ろしいことでも、泣きたくなるような悲しいことでもないのではないかと感じるのです。

 
みなさんは、眠る時に恐怖を感じることはないでしょう?

 

目をつぶって、体の力が抜ける状態は、死ぬことと実際によく似ていて、毎日私たちは臨死体験してるとさえ、言えると思うのです。

 

 

死を看取れば看取るほど、死は別に特別なことではなく、普通のことのような気がして、

 

臨終に立ち会う際、

 

最近では本当に冷静に、穏やかにお見送りしている自分に気がつきます。

 

これって、ただ単に慣れた、ということでもないと思うのです。
亡くなる人の魂は、おだやかです。
色でいうと、白…透明…

 

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混沌とした思考の乱れはそこにはありません。
痛みや苦しみさえも、
それを知覚する力自体が落ちていて、

 

こちらが見ているほど、実は痛かったり、苦しかったりもしないのではないかと思います。

 

死に方のコツ、という本を学生時代に買いました。

 

それによると、人は死ぬ時に快楽ホルモンがここぞとばかりに出るのだそう。

 

臨死体験をした方が、幸せな体験を語られることを見ても、これはやはり真実だと言えそうです。

 

 

実際の看取りの現場は驚くほどおだやかです。
自然に呼吸が止まり、暫くすると、脈が止まります

 

まさに、火が消える瞬間に似ています。
生物学的な死を、それほど恐れる必要はありません。大げさにしさえしなければ、みなさん、本当におだやかに亡くなられていっています

 

どちらかというと、死は、ボディーブローのように後でじわじわと周りにその実感が降りてきて、それを処理することの方がよっぽどつらいと思います。

 

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ふとした瞬間、
五感を刺激され、

 

あ〜もう確かにその人はいないのだということを知覚し、何度も何度もそれを繰り返し経験します。

 

そうして徐々に大事な人の死を受け入れ、
悲しみは時とともに昇華されていきます。
大丈夫。必ず、時とともに、昇華されます。

 

 
亡くなる方もそうなのではないかと思うのです。
もう一つの世界があるとして、死んだ後、現世の人間と交信することはできなくなります。
あ、そういうことかと。

そんな経験を繰り返し、
現世の人と同じように、49日間の間に死を受容し魂を昇華させるのではないかしら。

 

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生きていることがつらい人にお伝えしたい。
生きることは別に義務ではないと思います。
むしろ、死ぬことは立派な義務です。

 

発想を変えて、立派に生きることより、立派に死ぬことを考えてみてください。
生物学的な死を望むことに、意味はないのです。

むしろ、社会的な死に思いをはせてください。

 

自分が死んだ後、魂が49日間生きることを想像してください。

 

あなたは何を見聞きするでしょうか。

 

 

立派に死ぬには、準備が必要です。

 

その準備こそが、実は立派に生きることにつながっているのではないでしょうかね。

 

私はそう思います。

 

死をタブー視しないで、リアルに想像してみた時、人はいま自分がしないといけないことがよくわかり出します。

 

それはありがとう、を伝えることであったり、
ごめんなさい、を先延ばしにしないことだったり、自分の心に正直な生き方をすることだったり。

 

後ろめたいことはしないことだったりするのだと思いますよ。

 

 

日本人には「死の教育」が欠けているのではないでしょうか。

 

朝起きたら、日頃言えない人にこそ、「ありがとう」って言ってみてください。そして、どんな1日にするか考えてみてください。

 

最近、お看取りによく当たるNs.GAGAの独り言でした。







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