疫病

長期的な後遺症に対するワクチンの効果、世界初の「DNAワクチン」の可能性:新型コロナウイルスと世界のいま(9月)

世界では2021年9月末時点で全人口の33%にあたる25億人以上が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のワクチン接種を完了し、ワクチン接種の累計が60億回を超えた。しかし、すさまじい感染力をもつデルタ株の蔓延とワクチン由来の抗体量の低下によって、ワクチンを接種していてもウイルスに感染してしまうブレイクスルー感染が報告されている。

重症化や死亡に対しては依然として非常に高い有効性を誇るワクチンだが、感染そのものの予防効果は薄れてきた。この状況を受け、イスラエル、米国、英国、そして欧州といった裕福な国々では、65歳以上の高齢者、教師や医療従事者、感染する危険性の高い仕事をしている労働者、基礎疾患をもつ人々などから3回目の追加接種に踏み切っている。

こうしたなかコンゴ民主共和国のフェリックス・ツシセケディ大統領はアフリカ大陸を代表し、アフリカを、ひいては世界を新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から守るには、公衆衛生と経済の両面で国際社会からの持続的な支援や協力が必要だと主張している。全世界のワクチンの82%以上が富裕国で接種されている一方で、低所得国はわずか1%を占めるにすぎない。アフリカでは人口13億8,000万人のうち、これまでに完全にワクチンを接種し終えた人は4%以下だという。

その一方、希望するすべての人にワクチンが行きわたった国々では、ワクチン接種を拒否する場合は毎週の陰性証明の提出を義務化するなど、未接種のままでいることが不自由になるような規則が導入され始めている。

例えばフランスは、医療機関や介護施設、消防署の職員は9月15日までに少なくとも1回の予防接種を受けなければ、仕事を辞めなければならないと警告。実際に約3,000人がワクチン接種を拒否し、停職処分となっている。米国のニューヨーク州でもワクチン拒否による医療従事者の解雇や停職が始まった。ユナイテッド航空もまた、ワクチン未接種の労働者約600人を解雇する手続きに入っている。

ウイルスの根絶ではなく共存としての未来が見え始めてきたのはシンガポールだ。ワクチン接種率が全人口の80%と高いこの大都市では、COVID-19の記録的な感染者の増加に直面している。しかし、一日の新規感染者数が1,647人と過去最高を記録しても、死者数は週平均で3人程度。感染者の半数以上がワクチン接種者であり、重症患者や死亡者数は非常に低く抑えられていることから、シンガポールではCOVID-19はもはや風土病になりつつあると考えられている。

日本ではデルタ株による第5波が一気に収束し、19都道府県に発令されていた緊急事態宣言が30日に全面解除された。日本でもワクチン接種が急ピッチで進められ、現在2回のワクチン接種を終えた人は全人口の約60%、少なくとも1回目を接種した人は70%を超えた。

2021年9月は、3回目の追加接種の有効率、ワクチン接種者がブレイクスルー感染したあとの後遺症発生率、SARS-CoV-2が自然由来である強力な証拠などが新たに発表された。新型コロナウイルスと世界の9月の動向を振り返ろう。

3回目接種の感染予防効果はデルタ株に対し91%

イスラエルの調査では、3回目のブースターショットの有効性を試す調査が実施された。この調査では、21年7月30日から8月31日の時点で、少なくとも5カ月以上前にファイザー製ワクチン接種を完了した60歳以上の高齢者1,137,804人に関するデータを抽出。さらに、3回目の追加接種を受けてから12日以上たったグループ(ブースター群)と受けていない人(非ブースター群)の間で、COVID-19が確認された割合と重症化した割合を比較した。

その結果、3回目の接種は2回だけの接種と比べてデルタ株への感染リスクが約11分の1に、重症リスクが約19分の1になることがわかったという。感染予防の有効率は91%、重症化予防は95%だ。

モデルナ製ワクチンはファイザー製よりもデルタ株に高い効果

米疾病管理予防センター(CDC)は、米国でデルタ株が大多数を占めていた21年6月から8月までの成人患者32,867件に関して、ワクチン接種の有無やその種類を報告した。それによると、救急外来にかかる確率が最も低く、デルタ株への有効率がいちばん高かったのはモデルナ製(92%)で、次にファイザー製(77%)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(65%)が続いたという。入院(重症化)予防の有効率は、モデルナ製(95%)、ファイザー製(80%)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(60%)の順で高かったという。

ワクチンは後遺症「ロング・コヴィド」の発症も半減させる

英国で実施されたCOVID-19の長期後遺症「ロング・コヴィド」の大規模調査では、ワクチンによる後遺症の予防効果が発表された。2回のワクチン接種にもかかわらずブレイクスルー感染した人々は、陽性反応が出てから症状が4週間以上続くロング・コヴィドの症状の発生率が未接種者と比較して50%減少することが明らかになったという。

医学学術誌『The Lancet』で発表されたこの調査では、20年12月から7月までの間にワクチン接種を1回受けた120万人以上の成人と、2回受けた971,504人の健康状態が追跡された。2回のワクチン接種後にブレイクスルー感染したのはわずか0.2%(2370件)だった。このうち1カ月以上データを提供し続けた患者592人のうち31人(5.2%)がロング・コヴィドを発症している。これに対して、ワクチン未接種群の後遺症発症率は約11%だった。

インドでDNAワクチン「ZyCoV-D」が承認

インドではDNAを基盤とした新型コロナウイルスワクチンの緊急使用が承認された。インドの製薬会社ザイダス・ガディラによって製作されたワクチン「ZyCoV-D」には、「プラスミド」と呼ばれる円形のDNAが含まれており、そこにはSARS-CoV-2のスパイクたんぱく質などの情報がコードされている。プラスミドが細胞核に入ると、それがmRNAに変換されスパイクたんぱく質に翻訳される。体内の免疫システムは、このたんぱく質に反応して免疫細胞をつくるという仕組みだ。

このワクチンは1回目接種後28日目と56日目に、2回目と3回目の接種をする必要があるが、28,000人以上を対象とした臨床試験では67%の発症予防効果があることが確認されている(28,000人中COVID-19を発症した人はプラセボ群60件、ワクチン接種群が21件だった)。すでに承認されているほかのワクチンと比べて効果は劣るものの、この有効率はデルタ株に対してのものであるため、感染力の弱い従来株の蔓延時に治験が実施されたほかのワクチンと単純に比較することはできないという。

DNAワクチンの利点は製造が容易であり、最終的に製品となるワクチンがmRNAを使用したものより安定していることにある。その一方、細胞質に到達すれば済むmRNAワクチンとは異なり、細胞核まで到達する必要があるという。それゆえ、DNAワクチンはこれまで臨床試験で強力な免疫反応を引き起こせず、RNAワクチンに遅れをとっていた。この問題を解決すべく、ZyCoV-Dにはワクチンを筋肉組織の奥深くではなく、皮膚の下に沈着させる技術が使われている。皮下にはワクチン粒子などの異物を食べて処理する免疫細胞が多く存在するので、筋肉注射よりはるかに効果的にDNAを補足できるという。

このワクチンは注射針を使用せずに皮膚に高速噴射することで接種するのが特徴で、12歳以上の使用が許可されている。注射器を使用しないので子どもたちへの接種にも有益だ。


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コウモリから人間への感染は高頻度で起きている

世界がSARS-COV-2の起源を追求するなか、中国と東南アジアで人間に感染する可能性のあるウイルス群がコウモリのなかに大量に存在することがプレプリント(査読前)の論文で示唆されている。このうち、過去20年間で世界に広がりを見せたウイルスは2種類。重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因となったSARS-CoVと、COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2だ。

COVID-19の発生前に実施された小規模な調査では、東南アジアの一部の人々がSARS関連コロナウイルスに対する抗体をもっていることが明らかになっていた。これらのデータと、コウモリに遭遇する頻度や抗体が血液中にとどまる時間などのデータを組み合わせることで、研究者らはコウモリ由来のウイルスのヒトへの感染がこの地域で年間約40万件発生していると推定している。しかし、こうしたウイルスはヒトにうまく適応していないことが多いので、感染期間が短く、ヒトからヒトへの感染につながらないという。また、運良くウイルスが拡散できたとしても小さな孤立したコミュニティにとどまることもあり、感染拡大には至らないという。

とはいえ、この研究によって人間とコウモリの接触は考えられているよりもはるかに一般的であり、コウモリ由来の病原体が人間に感染したり、人間と関わりの深いペットや家畜へ感染したりするのも時間の問題であることがわかった。現地の人々は洞窟からコウモリのふんを掘り出して肥料にしたりコウモリを食料としたりなど、接触の機会が多いのだ。

この研究では、SARS関連コロナウイルスを保有する23種のコウモリの生息地に関する地図を作成し、人間の居住地と重ね合わせて潜在的な感染ホットスポットも割り出している。その結果、中国南部やベトナム、カンボジア、インドネシアのジャワ島などでは、コウモリからヒトへの感染リスクが最も高くなることがわかった。

東南アジアには新型コロナウイルスの“親戚”が多く存在する?

中国とラオスに生息するコウモリの調査では、東南アジアがSARS-CoV-2に似た潜在的に危険なウイルスのホットスポットであることがわかった。

科学者たちは、ラオスのコウモリから既知のウイルスよりもSARS-CoV-2に類似した3つのウイルスを発見。これらのウイルスの遺伝情報の一部は、COVID-19の原因となったウイルスが自然界に存在するという主張を裏付けるものだが、ヒトに直接感染する可能性のあるコロナウイルスが自然界に数多く存在するという懸念も高まっている。

フランスとラオスの研究者らは、ラオス北部の洞窟にいる645匹のコウモリから唾液、ふん、尿のサンプルを採取した。その結果、キクガシラコウモリの3種から、それぞれSARS-CoV-2と95%以上の一致を示すウイルスが検出され「BANAL-52」「BANAL-103」「BANAL-236」と命名された。

研究者たちは昨年、雲南省のコウモリから発見された「RaTG13」と呼ばれるSARS-CoV-2の別の近縁種について報告した。このウイルスはSARS-CoV-2と96.1%同一であり、このふたつのウイルスはおそらく40~70年前に共通の祖先をもっていたと考えられている。BANAL-52は、SARS-CoV-2と96.8%の一致を示しており、新たに発見された3つのウイルスはいずれもほかのウイルスでは見られないほどSARS-CoV-2と類似した部分をもっているという。

ただしラオスのコウモリ由来のコロナウイルスには、SARS-CoV-2にあるフリン切断部位が存在していない。ヒトの細胞(特に肺細胞や気道の細胞)がもつフリンと呼ばれるたんぱく質分解酵素は、SARS-CoV-2やほかのコロナウイルス上に存在する特定のアミノ酸の配列(いわゆるフリン切断部位)を認識して切断することで、ウイルスが効率よく細胞に侵入するのを助ける。このためフリン切断部位の有無によって、ヒト間での感染力が異なると考えられている。

また最初の感染者が確認された武漢にどのようにしてウイルスが移動したのか、これを運んだ中間媒体となった動物がいたのかは、いまだわからないままだという。しかし、SARS-CoV-2の近縁種が自然界で発見されたことにより、パンデミックの原因が「研究室でつくられたウイルスが漏洩した」可能性は極めて低いと考えられている。

2021年9月、世界はデルタ株の登場によって変異し続けるSARS-CoV-2との共存を模索する戦略をとらざるを得なくなってきた。しかし、3回目のワクチン接種による感染予防効果の増加と、ワクチン接種で低下することがわかった後遺症の発症率は、人類に作戦を練るための時間を提供してくれる。

世界では、数々の製薬会社が新型コロナウイルス専用の抗ウイルス剤や鼻スプレーによって薬を運ぶワクチンの治験に取り組んでおり、それらによって症状が軽減される未来もそう遠くないだろう。

いずれにせよ、人類が新たな薬を手に入れるまでは、これまで通りワクチン接種と感染予防で波を乗り越えるしかないのだ。


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