「写真を消して」。スマートフォンやソーシャルメディアで「過去」のコンテンツを削除しようとユーザーが殺到している。しかも切迫した状況の中で――。
舞台はアフガニスタンだ。
イスラム主義勢力タリバンが権力を掌握した同国では、「反体制派狩り」や、米国が支援した前政権の関係者らの「ブラックリスト化」が始まっていると報じられる。
その手がかりとして危険性が指摘されているのが、ソーシャルメディアに残された写真などの、米国や前政権との関係の"証拠"となりかねないコンテンツだ。
タリバンはすでに市民のスマートフォンのチェックを始めている、という。
ソーシャルメディアも、コンテンツの一括非表示ができるボタンの提供など、ユーザー支援に乗り出す。
一方でタリバンは、国内外の世論へのアピールにソーシャルメディアを駆使。
ソーシャルメディア側は規制強化の姿勢を見せるが、タリバンはそれをくぐり抜け、活発な情報発信で攻勢をかける。
可視化される「過去」と、権力と暴力へのコンテンツ規制。ソーシャルメディアをめぐる問題が、アフガニスタンをめぐって、一気に浮上している。
●「写真を消去して」
アフガニスタンの女子サッカーリーグの共同創設者で元女子サッカー代表チームキャプテン、現在はデンマークに亡命しているハリダ・ポパル氏は、ロイター通信のビデオインタビューで、こう呼びかけている。
ポパル氏がそう訴える理由は、女性の人権を抑圧してきたタリバンの標的となることへの危機感だ。
人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」はタリバンの実権掌握を受けて8月16日、数千人規模の「女性、活動家、ジャーナリスト、学者に対するタリバンからの緊急的な保護措置が必要だ」とのリリースを発表している。
すでに「ジャーナリスト狩り」などの動きも出ているといい、独放送局「ドイチェ・ヴェレ」のジャーナリストの家族が殺傷される事件もあった。
ポパル氏と同様の危機感から、スマートフォンなどに残されている写真などを削除する動きは、アフガン市民の間で広がりを見せている。
米NBCニュースによると、8月15日に陥落した首都カブールでは、タリバンの標的にならぬよう、多くの人々が家族や友人に、スマートフォンの端末やソーシャルメディア上に保存された写真や文書を削除するよう呼びかけている、という。
だが、ソーシャルメディアは今や社会インフラともなっているため、アカウントそのものの削除にまでは踏み切れない市民もおり、タリバンの標的とされかねない写真などの削除を急いでいるようだ。
ただ、コンテンツ削除の方法を説明した「ヘルプページ」が、多民族国家であるアフガニスタンの公用語、パシュトー語、ダリー語にも十分対応していないケースがあるという。
●ソーシャルメディアの対応
フェイスブックのセキュリティポリシーの責任者、ナタニエル・グレイシャー氏は8月19日、ツイッターの連続投稿で、そう述べた。
グレイシャー氏はさらに、アフガニスタンでフェイスブックの「友達」のリスト表示や検索の機能を一時的に削除し、インスタグラムではアカウント保護の手順を示したポップアップアラートを表示する、などと表明している。
また、ロイター通信によると、ツイッターは米国のアーカイブサイト「インターネット・アーカイブ」と連携し、同サイトに保存されているツイッター投稿(ツイート)のコピーを、ユーザーの依頼によって削除を進めていく、という。
「インターネット・アーカイブ」には1996年から現在まで、6,000億件を超す世界中のウェブページがアーカイブされている。インターネットの歴史を収めた巨大な書庫だ。
さらにツイッターは、危険にさらされる可能性の高いアカウントについては、一時的に停止する可能性もあるとしている。
マイクロソフト傘下のビジネス型ソーシャルメディア「リンクトイン」も、アフガニスタンにおいて、ユーザーのつながりの情報を一時的に非表示にしている、という。
米連邦政府機関も、相次いでネット上のコンテンツ削除を始めている。
国際開発庁はAP通信に対し、カブール陥落2日前の8月13日からサイトの関連コンテンツ削除を始めたことを明らかにしている。
米国はアフガニスタンに対し、軍の支援だけでなく、多額の民間支援も続けてきた。
ホワイトハウスのまとめでは、タリバン政権崩壊後の2002年以来、米国による治安支援は880億ドルなのに対し、民間支援も360億ドルにのぼる。このうち国際開発庁が担ってきた人道支援だけでも39億ドル近くになる。
それら民間との人的なつながりも、ネット上で可視化され、タリバンの目を引く危険がある、ということだ。
AP通信によれば、このほかに国務省や農務省も、アフガニスタンの民間の関係者につながるコンテンツのウェブサイトやソーシャルメディアからの削除を進めているという。
NATOが主導したアフガニスタン軍支援ミッションのツイッターアカウントも、すでに閉鎖されている。
●タリバンも活用する
1996年から2001年のタリバン政権時代にはインターネットの使用も禁止したが、現在ではタリバンもソーシャルメディアを「穏健」なイメージづくりなどの情報発信ツールとして活用しているという。
ニューヨーク・タイムズによれば、タリバン当局者が女性の医療従事者に仕事が続けられる、と語ったり、少数派のシーク教徒にも自由が保障されている、と語りかけたりしている動画が、ソーシャルメディア上に発信されている。
ただ、タリバンのソーシャルメディア利用について、サービスを提供する各社の対応には温度差もある。
米国はタリバンを「海外テロ組織(FTO)」としては認定していないが、2002年から「特別指定国際テロリスト(SDGT)」として米国内の資産凍結などの措置を取っている。
フェイスブックのコンテンツポリシー担当副社長、モニカ・ベッカート氏は、ロイター通信の取材にそう回答している。
フェイスブックはこれまでも、タリバンが同社のコミュニティ規定にある「危険な人物および団体」に該当するとして、その利用を禁じてきたという。
フィナンシャル・タイムズによれば、フェイスブック傘下のメッセージサービス「ワッツアップ」は17日、タリバンが開設した、市民からの苦情受付用の緊急ホットラインを、他のタリバンの公式チャンネルとともに閉鎖した、という。
ウェブメディア「レコード」の取材に対し、ユーチューブのスポークスパーソンも「アフガン・タリバンが所有・運営していると思われるアカウントは見つけ次第、削除する」としている。
ユーチューブが禁止の理由として挙げるのも、米国政府による「特別指定国際テロリスト」指定と、暴力扇動コンテンツ禁止のポリシーだ。
ツイッターは対照的に、タリバンへの包括的な禁止措置は取っていない。30万人以上のフォロワーがいる、複数のタリバンのスポークスマンのアカウントも、継続して使われている。
やはり「レコード」の取材に対し、ツイッターのスポークスパーソンは、「(アフガニスタンの)人々の安全を最優先にする」としながら、「当社のルールを積極的に執行し、特に暴力賛美、プラットフォームの操作やスパムのルールに違反するコンテンツは精査していく」と述べている。
規制の構えを見せるソーシャルメディアだが、タリバンも攻勢を強める。
ニューヨーク・タイムズの分析によると、8月15日にタリバンがカブールを掌握した際、スポークスマンは5本の動画をユーチューブに公開。これらは複数のタリバン支持のツイッターアカウントで共有され、24時間で50万回以上視聴された、という。
●「過去」の消去とコンテンツ規制
アフガニスタンを舞台に、ソーシャルメディアの「過去」の消去と、権力と暴力をめぐるコンテンツ規制という動きが、まさに同時進行で起きている。
ネット上での「過去」の可視化と、その「過去」がいつまでも消えない、という問題は以前から指摘されてきた。それがここでは、極めて過酷な状況の中で問われている。
一方で、政府機関などの公的なサイトのコンテンツ削除は、歴史の消去という側面も帯びる。
そしてプラットフォームは、権力と暴力に絡むアカウントやコンテンツを、どこまで許容し、どこまで規制すべきなのか。
これは、1月に起きた米国の連邦議会議事堂乱入事件をめぐる前大統領、ドナルド・トランプ氏のアカウント削除や停止をめぐる議論と、地続きの問題だ。
※参照:Facebook,Google,Twitterを訴えるトランプ氏の思惑(07/09/2021 新聞紙学的)
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
アフガニスタンの動きは、ソーシャルメディアが抱えてきた問題を、凝縮した形で表面化させている。
(※2021年8月23日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)