【寄稿】
統合ケアに向けて,病院と地域をつなぐ北区地域包括ケアシステム構築における訪問看護師の役割
平原 優美(日本訪問看護財団立あすか山訪問看護ステーション統括所長)
東京都北区は人口34万人(2015年10月時点),東京都23区内で高齢化率が最も高く,25.5%と推計されている。65歳以上は現在 8万6898人,75 歳以上の単身世帯割合も53.0%と見込まれており,孤独死なども大きな課題となっている。この北区で私は25年間,訪問看護師として地域にかかわっている。
私の勤務する日本訪問看護財団立あすか山訪問看護ステーションは現在利用者が256人(介護保険利用者94人,医療保険利用者162人)と,小児から高齢者まで全ての疾患・障害を持つ対象者に訪問看護を提供している(2015年8月時点)。さまざまな地域のネットワークにも積極的にかかわっており,3年前から重症心身障害児者に関して顔の見える関係づくりに力を注いでいる。その実績をもとに昨年度は厚生労働省の「重症心身障害児者の地域生活モデル事業」の委託を受けた。
本稿では,北区のCommunity-based care(地域を基盤としたケア)の取り組みを対象別に整理し,訪問看護師としてどのようにかかわっているか説明する。
訪問看護師が地域で果たす役割――北区における4つの活動
1.高齢者の疾病・障害の予防 大きな疾患・障害を持っているわけではない高齢者の心身機能の低下を予防し,地域とのつながりを持てるようにする支援は,その地域の底力が反映される。北区には,「ふれあい交流サロン」や「おたっしゃ教室」など,引きこもりがちな高齢者がいつでも安心して交流できる場や,滝のある緑豊かな公園内に健康づくりのための簡単な運動や入浴などをして1日を楽しく過ごせる「老人いこいの家」がある。「高齢者ふれあい食事会」はこれまでに29会場で開催され,約700人が参加している。
訪問看護師は地域包括支援センターと一緒に「住み慣れた我が家で生きて逝くために」というテーマで住民を対象とした講演活動を行っており,北区での在宅看取りの様子を交えながら話してきた。自分の最期の場所を意思決定できるようになるためには,地域を支える社会資源や在宅における緩和医療と多職種チームでのエンドオブライフ・ケアを十分理解する必要がある。このことは高齢者が今後生きていく姿勢にも影響を及ぼす。講演には介護者も多く出席している。家族の看取りに向けて気持ちが揺れていた介護者が,「人が本来持っている生きていく力と死にゆく力」の話を聞いたことで,病院ではなく在宅での療養,看取りを選択したケースもあったと後で聞いた。
2.疾病・障害の早期発見と早期治療 認知症患者や独居高齢者は生活自体が貧弱で,少しの変化が疾患の発症や生活障害を引き起こしてしまう。北区では65歳以上の高齢者と,障害者手帳を持っている人に「救急医療情報キット」を配布し,医療情報の共有により不必要な救急医療や入院を予防している。「北区おたがいさまネットワーク」では,地域包括支援センターや民生委員,協力員(商店街,警察署,消防署など)により,希望があった75歳以上の独居高齢者を対象として月2回程度の見守り訪問を行っている。認知症カフェでは区民900人以上からなる認知症サポーターも活躍し,地域に安心を提供している。
また,行政からの委託を受けた「高齢者あんしんセンターサポート医」が4人,それぞれの担当生活圏域で,地域の相談,独居高齢者・認知症高齢者への訪問や,介護保険の主治医意見書作成を行い,医療・介護につなげる役割を果たしている。訪問看護が早期に対応できるのも,この高齢者安心センターサポート医との連携のおかげである。「顔の見える連携会議」では,郵便局の窓口の職員が高齢者の毎月の年金引き落とし場面を見守り,様子の変化に気が付いたら地域包括支援センターへ連絡するなど,認知症の早期発見・早期対応の取り組みを行っている。
3.要介護者・要支援者を支える 1万6483人の要支援・要介護認定者が居住する北区では,「北区在宅ケアネット」が中心となって,介護保険サービスを含む多職種連携研修を運営している。行政がリーダーシップを取って,介護医療連携共通シートや認知症ケアパスの作成,在宅療養協力支援病床づくりなどを行っており,社会資源を状態に応じて使いやすいようにまとめている。
病院から在宅への円滑な移行支援ができるように「在宅療養相談窓口」を設置し,6人の訪問看護認定看護師が「在宅療養支援員」(以下,支援員)を担い,地域エリアを担当している。必要時訪問,状況把握を行い,退院支援に向けたケアチームのコーディネートを行う。医療社会資源調査やさまざまな機関への広報活動を行うとともに,支援員は定期的に地域の医師と事例検討を重ねて,相互理解を深めている。支援員はコーディネート1件当たりの報酬を北区から保証されている。北区は地域をエリアごとに分け,地域をよく知っている在宅医と訪問看護師を配置し,きめ細やかな支援を行っている。
4.障害児者が暮らしやすい地域をつくる 小児病棟やNICUから退院してくる超重症児・準重症児も増えている。障害児者の家族は複雑で縦割りの行政窓口に何度も足を運ばねばならず,大きな負担を負っている。さらに,教育の現場でも医療連携が不十分なため,児童自身も学校を休まなくてはならないといった問題がある。そこで,2012年には専門医療機関,地域医療小児救急病院,訪問看護ステーション,特別支援学校,訪問介護ステーション,保健師,相談支援員間の顔の見える連携づくりに着手した。4年目となる今年は,特別支援学校の運営協議会に訪問看護師が初めて委員として参加し,地域の暮らしの視点が教育の場に反映されるように働き掛けている。
Community-based careからIntegrated careへ
現状では在宅医療の中心は高齢者であるが,これから私たちは全ての住民を対象としたIntegrated care(統合的なケア)をめざすべきと考える。その中では地域の全ての年齢・疾患・障害の医療・福祉・介護の実態を把握している訪問看護ステーションが特に重要な役割を担う。
訪問看護師は日々の訪問看護でケアを行うだけでなく,次の訪問まで患者・家族が安心して療養できるように予測される症状変化と家族での対応方法,緊急電話をすべき状況などの説明を行う。今後も,患者・家族の持っている力を最大限引き出し,使えるサービスや地域のネットワークは最大限利用し,在宅療養の継続を支援していくことが求められるだろう。さらには,予防看護から在宅看取り,そしてグリーフケアまでを支えるため,地域のさまざまな健康レベルの住民に適切な対応ができる訪問看護師が必要となるのではないだろうか。
地域の看護師同士の連携を広げ,より手厚い地域の統合ケアを
現状において,北区の高齢者・障害児者の包括的ケアは,訪問看護・行政・医師会が鍵を握っている。しかし,北区のように高齢化率や単身者率が高いと,システムの網の目から落ちる高齢者は多い。2011年度に北区が行った調査では,独居高齢者の相談相手として「近所の人・友人」の次に多かったのは「病院の医師・看護師」であった1)。外来看護師が高齢者の困りごとを聞くことで,疾病や障害の早期発見,ひいては孤独死を予防できるのではないかと考える。
そこでわれわれは,3年前に有志の行政保健師,訪問看護師(在宅看護専門看護師),地域医療機関の老人看護専門看護師・小児看護専門看護師・緩和ケア認定看護師が事務局となり,「北区ナーシングヘルスケアネット」を立ち上げた。病院,診療所,特別養護老人ホーム,有料老人ホーム,通所デイサービス,地域包括支援センター,居宅介護支援事業所,訪問看護ステーション,療養通所介護事業所,保育園,学校,精神保健センター,助産院,看護大学から保健師,看護師,助産師が集まり,顔の見える勉強会を継続している。今年度は,北区の医療機関に所属する全ての専門看護師・認定看護師計28人に声を掛け,ネットワークの幅をさらに広げた。地域の全ての機関の看護の連携は,これからの地域の統合ケア構築に重要な役割を果たすと考えている。
◆参考文献1)北区高齢者保健福祉計画(平成25年度-29年度).北区;2013.http://www.city.kita.tokyo.jp/korefukushi/kenko/koresha/kekaku/documents/attachment.pdf
ひらはら・ゆみ氏1987年島根県立総合看護学院保健学科卒。島根県立中央病院に4年間勤務した後,91年より東京都北区内の診療所で訪問看護を行い,ステーションを開設,所長となった。2006年訪問看護認定看護師を取得,同年6月よりあすか山訪問看護ステーション所長,2011年より現職。2012年在宅看護専門看護師取得。14年より所長業務を行いながら,首都大学東京大学院人間健康科学域看護学博士後期課程に所属している。