体内時計に合わせた朝のタンパク質摂取タイミングが筋量増加に効果的
発表のポイント
長崎大学医歯薬学総合研究科神経機能学の青山晋也(あおやましんや)助教(早稲田大学重点領域研究機構 次席研究員、2015年-2019年)および早稲田大学理工学術院の柴田重信(しばたしげのぶ)教授、金鉉基(キムヒョンギ)講師を中心とする研究グループは、タンパク質の摂取タイミングが、筋量増加効果に影響があることをこのたび明らかにいたしました。
食事から摂取するタンパク質は、骨格筋の合成や筋量の維持・増加に重要であることが知られていますが、朝・昼・夕食といった3食の中での摂取量の偏りが及ぼす影響については、これまで不明な点が多くありました。本研究グループは、筋量増加効果を得るためには、筋肉の体内時計(1周期約24時間の概日時計※1)が重要であることを突き止め、タンパク質の1日の摂取量だけでなく、摂取するタイミングも重要であることを解明しました(図1)。筋量増加には、体内時計に合わせたタンパク質の摂取が効果的であることから、この摂取タイミングをうまく活用することで、筋力や筋量が低下しやすい高齢者の健康を効率よく維持・増進できる可能性があります。
本研究成果は、米国Cell Press社によって刊行されるオープンアクセスジャーナル『Cell Reports』のオンライン版に2021年7月6日(火)AM11:00(東部時間)に掲載されました。
論文名:Distribution of dietary protein intake in daily meals influences skeletal muscle hypertrophy via the muscle clock
(1) これまでの研究で分かっていたこと
食事から摂取するタンパク質は、骨格筋の合成や筋量の維持・増加に重要であると言われています。各国の食事調査から多くの国では、タンパク質の摂取量は朝食に少ないこと、また、朝・昼・夕食といった3食の中で摂取量に偏りがあることが知られています。この1日の中での食事の偏りが、骨格筋の機能と関係するという報告が疫学調査などから示されていましたが、朝の不足だけでなく、反対に夜の不足ではどうなるのか、といった詳細については不明な点が多くありました。
(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、マウスを用いた動物実験を行い、1日の中でタンパク質を摂取する時間帯が異なることが過負荷※2による筋肉量の増加に影響することを明らかにしました。また、タンパク質の摂取時間による効果の差を生み出すキー因子として、体内時計を司る時計遺伝子に着目し、摂取タイミングによる筋量増加効果に対する体内時計の関与を分析しました。加えて、ヒトを対象とした研究では、3食におけるタンパク質摂取と筋力や筋量との関係性について調査しました。
① タンパク質の摂取タイミングは筋量増加に影響する
マウスを1日2食の条件下で飼育し(図2、起床後の餌を朝食、就寝前の餌を夕食と定義)、1日の総タンパク質摂取量を揃えた上で各食餌のタンパク質含量を変化させた場合、朝食に多くのタンパク質を摂取したマウスでは、夕食に多く摂取したマウスや朝・夕食で均等に摂取したマウスに比べて筋量の増加が促進しました(図2右)。1日のタンパク質摂取量が同じ場合、朝(活動期のはじめ)に重点的に摂取した方が筋量の増加には効果的であることを示しています。
② 朝食のタンパク質摂取による筋量増加には分岐鎖アミノ酸が関わる
分岐鎖アミノ酸※3は筋肉の合成を高める作用が強いアミノ酸であることが知られています。そこで朝食でのタンパク質摂取による筋量増加効果はタンパク質中に含まれる分岐鎖アミノ酸が関与しているのかを明らかにするため、先ほどと同様にマウスを1日2食の条件下で飼育し、朝食または夕食に分岐鎖アミノ酸添加食を摂取させた際の筋量を測定しました。その結果、朝食の分岐鎖アミノ酸添加食の摂取は夕食での摂取に比べて筋量が増加しやすいことがわかりました。このような朝食での摂取効果は他のアミノ酸(餌のタンパク質源であるカゼイン※4中に含まれる分岐鎖アミノ酸以外のアミノ酸)を添加した餌ではみられませんでした。つまり、朝食でのタンパク質摂取による筋量増加には分岐鎖アミノ酸が大きな役割を果たしていることを示唆しています。
③ タンパク質摂取タイミングによる筋量増加は体内時計を介して引き起こされる
なぜ朝(活動期初期)における摂取が筋量を増加させやすいのか、そのメカニズムを解明するため、本研究グループは1周期約24時間の概日時計(体内時計)に着目しました。全身の様々な細胞に存在する体内時計は数十種類の時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって構成され、様々な生理機能に昼夜のリズムを持たせています。本研究グループはこの時計遺伝子が栄養素の吸収や代謝などの生理機能の日内変動を引き起こし、タンパク質やアミノ酸の摂取タイミングによる筋量増加効果が生み出されているのではないかと考えました。そこで、時計遺伝子Clockに変異の入ったClock mutantマウスや、時計遺伝子Bmal1を筋肉で欠損させた筋特異的Bmal1欠損マウスを用いて、朝食と夕食のタンパク質の摂取パターンと筋量について計測しました。分析の結果、これらのマウスでは朝食のタンパク質摂取における筋量増加効果がみられず、摂取タイミングによる筋量の増加効果には筋肉の体内時計が関わることを明らかにしました(図3)。
④ 高齢女性において、朝食でのタンパク質摂取比率は筋機能と正の相関を示す
高齢女性を対象に、3食のタンパク質の摂取量と骨格筋機能との関係性を調査しました。その結果、夕食で多くのタンパク質を摂取しているヒトに比べて、朝食で多くのタンパク質を摂取しているヒトでは、骨格筋指数※5や握力が高く、1日のタンパク質摂取量に対する朝食でのタンパク質摂取量の比率と骨格筋指数は正の相関を示すことがわかりました(図4)。観察研究であるため因果関係はまだ不明な点がありますが、ヒトでも朝のタンパク質が筋肉量の維持・増加に有効である可能性が示されました。
(3) 研究の波及効果や社会的影響
朝(活動期のはじめ)のタンパク質摂取による筋量増加作用には体内時計が重要という本研究結果から、体内時計に合わせたタンパク質の摂取が筋量増加には効果的である可能性があります。これは反対に夜間勤務やシフトワーク、朝食欠食など体内時計を乱すような生活リズムの場合、朝食のタンパク質摂取による筋量増加の恩恵は受けにくい可能性も考えられます。また、追加検証は必要ですが、タンパク質の量だけでなく、摂取タイミングもうまく活用することで、筋力や筋量が低下しやすい高齢者の健康を効率よく維持・増進できるかもしれません。
(4) 今後の課題
実際に時計遺伝子がどのような分子メカニズムでタンパク質の摂取タイミングによる効果を生み出しているのか、また、ヒトを対象とした介入研究によって朝食のタンパク質摂取による有効性を評価する必要があり、解明すべき課題はまだまだ多くあります。
(5) 研究者のコメント
本研究ではタンパク質の摂取タイミングが筋量の増加に重要であり、特に朝(活動期のはじめ)の摂取効果が高いことが示されました。しかし多くの国の食事調査では朝食のタンパク質摂取量は少なく、不足しがちとなっています。今後、朝食のタンパク質の摂取をすすめる上で、朝食でも摂取しやすいタンパク質豊富なメニューなどの開発も望まれます。
(6) 用語解説
※1 概日時計睡眠・覚醒や体温など、生体の様々な機能の日内変動を制御するシステム。ClockやBmal1などの時計遺伝子が働くことで、約24時間のリズムを刻むことができる。概日時計は、栄養素の消化吸収、代謝などの日内変動にも関わる。
※2 過負荷協働筋(ヒラメ筋と腓腹筋)の部分切除により足底筋に過負荷をかけて筋肥大を誘導するモデル。
※3 分岐鎖アミノ酸側鎖に分岐した構造を持つアミノ酸の総称で、バリン、ロイシン、イソロイシンがある。
※4 カゼイン牛乳のタンパク質の大半を占めるタンパク質。栄養学分野の研究用飼料でよく用いられるタンパク質源。
※5 骨格筋指数四肢の筋肉量(kg)を身長(m)の2乗で除した値(kg/m2)。骨格筋量の指標として用いられている。
(7) 研究助成
研究費名:SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」研究課題名:高齢者に配慮した時間栄養・運動に基づく次世代型食・運動レシピの開発研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)
研究費名:未来社会創造事業(食・運動・睡眠等日常行動の作用機序解明に基づくセルフマネジメント)研究課題名:時間栄養学視点による個人健康管理システムの創出研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)
研究費名:科学研究費 若手研究研究課題名:朝食のタンパク質不足が筋肥大を抑制する分子メカニズムの解明研究代表者名(所属機関名):青山 晋也(長崎大学)
研究費名:日本栄養・食糧学会 栄養・食糧学基金 若手研究助成研究課題名:タンパク質摂取の時間パターンが筋量を調節する分子機序の解析研究代表者名(所属機関名):青山 晋也(長崎大学)
(8) 論文情報
雑誌名:Cell Reports論文名:Distribution of dietary protein intake in daily meals influences skeletal muscle hypertrophy via the muscle clock執筆者名(所属機関名):Shinya Aoyama1,2#, Hyeon-Ki Kim1#, , Masaki Takahashi3, Yu Tahara1, Shigeki Shimiba4, Rina Hirooka5, Mizuho Tanaka5, Takeru Shimoda5, Hanako Chijiki5, Shuichi Kojima5, Keisuke Sasaki5, Kengo Takahashi5, Saneyuki Makino5, Miku Takizawa5 ,Kazuyuki Shinohara2, Shigenobu Shibata1*(青山晋也1,2#、金鉉基1#、高橋将記3、田原優1、榛葉繁紀4、廣岡里菜5、田中瑞穂5、下田武尊5、千々木華子5、小島修一5、佐々木啓佑5、高橋健吾5、牧野真之5、滝澤美紅5、篠原一之2、柴田重信1*)
所属機関名:1:早稲田大学 理工学術院2:長崎大学 医学部 神経機能学3:東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院4:日本大学 薬学部5:早稲田大学 大学院先進理工学研究科
# 筆頭著者、*責任著者
掲載日(東部時間):2021年7月6日(火)AM 11時掲載日(日本時間):2021年7月7日(水)AM 1時DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109336