6月20日の段階で、日本における新型コロナウイルスワクチンの総接種回数は3000万回を超えた。
6月21日からは従業員の多い大企業や大学を中心とした職域接種(モデルナのワクチンを使用)も本格的に始まる見込みで、高齢者だけではなく、若い世代へのワクチン接種に向けた道筋も見えてきた。
しかし、国内で接種が進められているファイザーのワクチンの接種対象は12歳以上。モデルナのワクチンでは18歳以上だ。これから先、そもそもワクチンの接種が認められていなかったり、既存の枠組みでは接種の順番がなかなか回ってこない子どもたちを、どうやって守っていくべきなのだろうか。
新型コロナウイルスやワクチンに関する正確な情報発信を進める医療従事者たちのプロジェクト「こびナビ」の副代表で、ベイラー医科大学・テキサス小児病院小児感染症科の池田早希医師に、変異ウイルスなどが出現している中で子どもへのリスクがどう変わってきたのか、疑問をぶつけた。
※取材は6月10日に実施し、その時点の情報にもとづいている。
「こびナビ」副代表、ベイラー医科大学・テキサス小児病院小児感染症科の池田早希医師。
取材画面のキャプチャ
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子どもの感染リスクは?
—— 子どもの感染において、感染経路の特徴はありますか?
池田:「飛沫感染が中心」というのは子どもでも大人でも変わりません。
(ウイルスが付着したものに)手で触れて、粘膜を通じて感染する「接触感染」もありえますが、割合としては低いです。あとは、3密が重なっているところでは、マイクロ飛沫(せきやくしゃみなどをした際に生じる細かい飛沫)を介して感染することもあります。
また、感染場所の特徴として、子どもは家庭内でうつされることが多いんです。ウイルスを持ちこんだ大人、特に保護者からの感染です。学校での感染も起こってはいますが、相対的にかなり少ないです。
小・中学生は、家庭内での感染が主体だ。
出典:文部科学省「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」
—— 保育園などでは、狭い場所に多くの子どもが密集しているケースも多いのでは。なぜそういったところでの感染が相対的に少ないのでしょうか?
池田:はっきり分かってはいません。
もちろん保育園などで子どもから感染するケースは、まれにはありますが、保育士さんなどの大人から子どもに感染するパターンの方が多いと思います。ただ、保育園ではマスクや手の消毒などの感染対策をしっかりしているところは多数ですので、それで多くの感染が防がれています。
一方、家庭内だと一度持ち込まれてしまったら防ぎようがないですよね。感染していると分かったらマスクをする、接触を減らす等の対策が必要ですが、一緒に生活しているので限界があると思います。
—— 流行初期から「若い人や子どもは感染しても軽症」と言われ続けてきましたが、その理由は分かっているのでしょうか?
池田:残念ながら、はっきりとは分かっていません。色々な仮説があるという状況です。
例えば、新型コロナウイルスは、ウイルスの表面にある「スパイクタンパク質」という突起がヒトの細胞の表面にくっつくことで細胞内に取り込まれます。子どもだと、気道内の「ウイルスがくっつく部分」(ACE受容体)の現れ方が大人と異なる、あるいは白血球が直接ウイルスを攻撃すること(自然免疫)によって効果的にウイルスが排除されているという説もあります。
子どもではCOVID-19の重症化要因である肥満、高血圧、糖尿病といった基礎疾患を持っている割合が少なく、新型コロナウイルスによる血管へのダメージを受けにくいということも影響しているかもしれません。
——「子どもは重症化しにくい」という要素が、子どもの間で感染が広がりにくい要因とは言えないのでしょうか? 症状が重いほど、ウイルスを感染させる力が強いようにも思えます。
池田:無症状の人でも放出されるウイルス量が結構多い例がありますが、確かに症状がしっかりある方からの感染の方が相対的な数としては多いです。
もちろん「(症状がある人は)よく調べられている」というバイアスもある程度は考えておかなければなりませんが。
—— 流行実態を把握することは難しいのでしょうか?
池田:特に日本では子どもで感染が確認されるケースは、(大人の感染者の)濃厚接触者として見つかった例が多いんです。感染の実態は、そういった手元のデータから調べていくことしかできないので、正直(軽症や無症状感染の)実態を把握するのは難しい状況です。
ただ、血液の中に抗体がどれくらいあるのかを調べることで、実際に子どもの感染者数がどれくらいだったのかを推定した研究はあります。
アメリカだとCDC(疾病対策予防管理センター)に、ミシシッピ州で2020年夏のピーク後に、18歳未満の子どもの血液の調査結果が報告されています。この研究では、新型コロナウイルスへの抗体を持つ18歳未満の子どもの割合は、大人(18歳から49歳)と変わりませんでした。
変異ウイルスの子どもへの影響は?
GettyImages/d76 masahiro ikeda
—— 最近、日本国内でもインドで最初に発生したとされる「デルタ株」の広がりが懸念されています。デルタ株が子どもに感染しやすくなるという噂も聞くのですが、それは事実でしょうか?
池田:はっきりとは言えないと思います。インドやイギリスの報告を見ると、全体的に感染性が高まっているということは分かっています。感染者が増える分、相対的に小児の感染者数も多くなって見えているということかもしれません。
厚生労働省の報告だと、(これまでに)新型コロナウイルスへの感染が確認された人(約75万人)のうち、子ども(10代以下)の割合は全体の約10%(約8万人)です。
デルタ株に関する具体的なデータは見つかりませんでしたが、アルファ株だと地域によっては子どもが集まる施設での感染を中心に、これ(約10%)よりも少しだけ高かったという報告もありました。
ただ、ロンドンではアルファ株による感染は、子どもに多いということはなく、成人と子どもの感染者の割合は変異株の出現した前後で大きく変わっていないとのことでした。(参考)
—— デルタ株は重症化しやすいという話もありますが、それは本当でしょうか?
池田: イギリスやスコットランドから「アルファ株に比べてデルタ株の方が入院リスクが上がっている」という初期報告はありますが、さらなる疫学的なデータの蓄積が大切だと思います。
もちろん、もっと大事なのは、感染の広がりを抑えて変異ウイルスを作らせないことですが。
コロナでも忘れてはいけない「予防接種」
GettyImages/takasuu
——感染症といってもコロナに限らず、いろいろあります。「子どもが感染すると危ない感染症」はどういったものでしょうか。新型コロナウイルスはそういった感染症と比較してどの程度のリスクなのでしょうか?
池田:子どもが感染した場合に重症化する感染症はたくさんあります。世界では中・低所得国で現在でも5歳未満の感染症による死亡率は高いです。その中には、ワクチンの力で防ぐことができる感染症も多くあります。
基本的には1歳以下(乳児)だと、気道(空気の通り道)が狭かったり、免疫が未熟だったりといった理由により、呼吸器系のウイルス疾患の重症化リスクが上がります。
例えば、「百日咳」は大人であればちょっとした咳が続くくらいの風邪ですが、生後数カ月の子どもにとっては重症化して命取りになるような病気です。ただ、予防接種で防ぐことができます。
また子どもに多いロタウイルスも、感染すると胃腸炎をおこして脱水状態になり、重症化もしやすいです。
日本ではまだロタウイルスワクチンが定期接種化していなかった2010年頃、病院で胃腸炎の子どもをたくさん診たことを覚えています。重症化して点滴が必要だったり、集中治療室に入院するくらい脱水が進んだり、急性腎不全になったりした子どももいました。
ロタウイルスワクチンの普及によって、そういった光景を見なくなりました。
—— 新生児や乳幼児の新型コロナウイルスのリスクは、子どもが百日咳やロタウイルスに感染するリスクと比較してどの程度あると思えば良いでしょうか?
池田:新型コロナウイルスについては、他の感染症よりも気をつけなければいけないとは思います。
年齢に関するリスクの大きさはほかの病原体と比較しにくいのですが、大人と比べて頻度は少ないとはいえ乳幼児でも重症化します。感染者がとても多かった欧米や中南米では子どもの死者もたくさん出ています。また、子どもから大人に感染して、さらにリスクの高い方にもうつってしまう……という可能性があるので。
新生児はそこまでリスクではないということが分かっています。ただし1カ月を超えた後から1歳までの乳児は、重症化のリスクが上がる可能性があると報告されています。
—— 子供でも肥満や糖尿病など、大人で高リスクとされる基礎疾患をもっていればコロナのリスクも高いのでしょうか?
池田:そうですね。基礎疾患によっては重症化のリスクがあがります。重症化例で多いのは、肥満の子どもです。他には喘息等の慢性呼吸器疾患、神経疾患、免疫不全などがリスクとなります。
—— 子どもは風邪をひきながら免疫を獲得していくとよく耳にします。コロナ対策で過度なアルコール消毒などをすることが、子どもの将来にとって何か悪影響になることはないのでしょうか?
池田:まず、コロナは感染したら怖い病気ですので、対策をすることは重要です。他の風邪のウイルスに暴露されていないことについては、心配しなくてもいいと思います。
パンデミックが終わってから風邪をひいてできる免疫もあるでしょうし、本当に怖い病気にはワクチンがあるので、「予防接種」をしっかり続けることがとても大事だと思います。
アメリカでも日本でも、新型コロナウイルスの流行で病院に行くのが嫌だという人が増えて、定期的な予防接種が遅れてしまっています。そちらの方が問題です。
—— 消毒などの感染対策は、どこまでやれば良いでしょうか。あまりやりすぎると、赤ちゃんの手が荒れてかわいそうという声も多いです。
池田:そうですね。赤ちゃんに関しても感染の中心は飛沫感染になりますので、アルコールで消毒するときは、子どもが舐めてしまわないように、しっかりアルコールを乾かすよう心がける必要があります。あとは無理をしすぎないことですね。
大人がしっかりと感染対策をし、家庭に新型コロナウイルスを持ち込まないことがとても重要です。
感染対策のポイントを抑えて、手を抜いても良いところは抜く。家中の消毒を続けている方もいらっしゃると思いますが、あくまでも飛沫感染が中心ですので、CDCでは、感染者が家庭内にいない限り、よく触れるところを1日1回程度消毒することを例として挙げています。
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